東京高等裁判所 昭和32年(ネ)2698号 判決 1958年12月01日
事実
控訴人(一審原告、敗訴)は昭和三十一年八月三十日、訴外沼田澄夫から「株式会社柴橋商会小出出張所主任」という肩書のついた同訴外人の名刺、及び「株式会社柴橋商会小出出張所」と刻したゴム印を押捺した本件手形を示されて割引方を依頼されたので、控訴人は、右沼田に被控訴人株式会社柴橋商会の支配人若しくは代理人として同被控訴会社のため右手形の裏書をなす権限ありと信じてこれを割り引き、本件手形の正当な所持人となつた。そこで控訴人は右手形を満期に支払場所に呈示して支払を求めたが拒絶されたので、被控訴会社に対し、本件手形金十八万円及びこれに対する支払済に至るまで年六分の割合による金員の支払を求めると主張した。
被控訴人は、被控訴会社小出出張所は単なる同会社の一出張所に過ぎず、商法第四十二条にいう本店でも支店でもない。また控訴人主張の如く、商法第四十三条の「営業に関する或種類又は特定の事項の委任をうけた使用人」というなかに、手形行為の委任も当然含まれるとなすことはできない。沼田澄夫には被控訴会社を代理して手形行為をする権限はなかつたので、控訴人が右沼田の使用人としての資格、権限の調査を怠つたところに本件手形取得について控訴人の悪意または重大な過失があると抗争した。
理由
新潟県北魚沼郡小出町所在の被控訴人柴橋商会小出出張所は訴外沼田澄夫が本件各手形に裏書をしたところ、従業員としては右沼田一人しか働いていない小規模な営業所で同商会の本店でも支店でもなかつたこと原判決の認定するとおりであるから、沼田澄夫が右小出出張所の主任という名称を附せられた同商会の使用人であつたとしても、商法第四十二条の規定が適用されないことはいうまでもない。
次に、右沼田澄夫の小出出張所における職務は、原判決認定のとおり、貸蒲団の出入及びその集金等が主で、控訴人主張のような第三者に対する金銭の貸出はもとより、商品の買入やその代金を支払うような仕事は全然被控訴商会から任されていなかつたことが明らかであるから、沼田澄夫としては小出出張所の仕事として手形の振出や裏書をする必要の生ずる余地はなく、また集金のため他人振出の手形や小切手等の交付を受けた場合は直ちに同商会本店に送付するように命ぜられていたことも証拠によつて認められる。そうすると、商法第四十三条による「営業に関するある種の事項の委任を受けた使用人はその事項に関し一切の裁判外の行為をなす権限を有するもの」としても、本件の小出出張所における沼田澄夫に任せられた仕事に関する限り、その本来の仕事は固より附随的の仕事のなかにも法律上手形行為というべきものは少しも含まれていないと認めるほかはないから、商法第四十三条、第三十八条第三項を引用する控訴人の主張も採用できない。
ところで、事実沼田澄夫に柴橋商会のため手形行為をする代理権が与えられていなかつたこと前記認定のとおりであるから、沼田の本件手形裏書の行為はその有する代理権限を超えた行為であるとなすべきところ、証拠によると、控訴人が本件各手形の譲渡を受けるについて右沼田に被控訴商会を代理する権限があると信じたことは認められるので、果して右のように信ずるについて正当の事由があつたかどうかを判断する。証拠によると、沼田澄夫は本件手形の割引を控訴人に依頼するに当つて、控訴人に対し、沼田自身が勝手に作つた「柴橋商会小出出張所長」の肩書のある名刺を示し、「自分が小出出張所の仕事一切の責任を負つており、会社の都合で金銭が必要である」と申し向けたことを認めることができるが、本件手形の裏書における裏書人の表示が「株式会社柴橋商会小出出張所、所長沼田澄夫」となされており、同商会代表者名義が少しも表示されてないこと、また小出出張所が極めて小規模のもので、沼田澄夫の職務が極めて小範囲のものであること何れも前記認定のとおりであるから、本件裏書を受けるに当り、控訴人は右沼田に柴橋商会を代理して手形を裏書するような権限があるかどうかについて疑を起すのが当然である。従つてこの点について十分な調査をすることは取引上通常用うべき注意義務といわなければならない。しかるに、控訴人は右手形割引に際しては、振出人たる訴外高幸株式会社の資力、信用について電話で聞き合せただけで、沼田澄夫が被控訴商会から与えられている権限について調べなかつたことが認められるから、この点において控訴人に過失があつたものといわざるを得ない。もつとも、控訴人本人尋問の結果によると、これよりさきに右高幸株式会社振出の別口手形を沼田澄夫が持参し、控訴人においてこれを割り引いたこと、そのとき柴橋商会の信用状況を調べたことを認めることができるけれども、右手形は沼田澄夫が裏書をしたものでなく、従つて右沼田の権限については何ら留意したものでないことが明らかであるから、これを以て前記控訴人の過失を認める妨げとはならない。そうすると、控訴人は沼田澄夫に本件各手形を裏書をする代理権ありと信じたことについて正当な事由ありということはできないものというべきであるから、民法第百九条、第百十条による控訴人の主張も採用することができない。
よつて本件控訴は何れも理由がないとしてこれを棄却した。